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【リレーエッセイ】「おべんとう」/2017年1月1日発行

更新日:2017/01/01

筆者

看護師 川村好里さん

「おべんとう」

  私には22歳の娘を筆頭に末は小4の息子まで五人子どもがいます。今は上2人が独立し一緒にいるのは下3人。小学生は給食がありますから、19才の看護学生の娘と中2の成長盛り野球部員の息子の分と病院勤務の私と毎朝3つお弁当を作ります。一時期は5つお弁当を作っていました。

 そんな私が5つ作っていた当時はお弁当作りが嫌でした。ただ面倒くさいと言うのではなく、何かもやもやしていました。それがいったい何なのかある時考えてみたら、それは私がお弁当に対して嫌な思い出があるからでした。お弁当というとその思い出が一番に浮かびました。

 私の両親は幼いころから不仲でケンカが多く、小四の時に母が実家に戻りそれから帰ってくることはありませんでした。その日から父と私、妹弟の父子家庭となりました。当時給食がない地域だったのでお弁当を作って持って行きました。

 ある朝父が不在で冷蔵庫を見るとお弁当に入れる材料がない時がありました。私はさんざん考えた挙句これしかないと作ったお弁当が、ご飯の上にチクワ1本とノリの佃煮をのせたものでした。日頃からお母さんが作った美味しそうな友達のお弁当と、自分の貧相なお弁当を見比べて淋しい思いをしていましたが、その日
はとにかくお弁当をお昼に開けるのがとても恥ずかしく、友達にそのお弁当を見られないようにフタで隠してかき込むようにして食べた悲しい記憶があります。

 お弁当というとそのチクワとノリの佃煮のお弁当が浮かぶのです。ある時この話を私が人生の師と仰ぐ方にお話ししたら、「その淋しかった思いを愛情に変えて、愛情を込めて毎日お弁当を作ったら」と言ってくださいました。それから中身は変わりませんが、美味しくなるようにと子どもたちのお弁当は愛情を込めて
作るようになりました。愛情を込めようと思い作ると、嫌だったお弁当作りも不思議と楽しくなりました。そして作りながら気がついたことは、あのチクワとノリのお弁当は私の生きる力、応用力であり、強さでもあって小四の時によく作ったなと思えるようになり、嫌なイメージから光り輝くイメージに私の中で変わり
ました。

 そんな私ですが私のお弁当の原点は、短い間でしたが母が作ってくれたお弁当。
運動会、遠足の時は俵おにぎりに、少し甘い卵焼き、タコウィンナー、うさぎりんご、花形のみかん、その定番が色鮮やかに入っているのがうれしくて開けるのが楽しみでした。最近はお弁当というとそのころのお弁当が浮かぶようになりました。

 私も子どもが遠足の時には必ずタコウィンナーが入ります。子どもたちはこのウィンナーが楽しみの様です。母からもらった愛情を感じつつ、今日も子どもたちが開けた時に笑顔になるお弁当を心を込めて作ります。




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