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2014年8月1日発行メールマガジンより

更新日:2014/08/07

今回のエッセイは、高知大学安全・安心機構特任講師の廣瀬淳一さんからのバトンです♪

筆者

高知大学 特任助教 小島優子さん

「男女共同参画と私」

 小学校から大学まで女子校で育ちました。哲学研究者を志して大学院に進学した時には、男子ばかりのなか学年で女子は私だけで、女性が研究者を目指していくのにはまだ環境が整っていないことを感じました。ただでさえ研究者になるのは難しい状況の中で、「女子学生は就職できなかったら、結婚したらいいじゃないか」とよく言われました。それまで男性と同じ土俵に立っていると思っていたのですが、それ以降、後輩の女子学生には、「女子学生は地下3階にいると思ってがんばらないとだめだ」と言うようにしました。女性研究者の世界では、女性は男性の3倍努力しないと認められないのは常識だと言われています。

 「結婚したらいいじゃないか」と言われたときは、生まれて初めて男女差別を目の当たりにしてショックを受けて、絶対に見返してやろう、今後女性がそのようなことを言われないですむような研究者に私がなろう、と思いました。それがあったからこそがんばって、11か月後に1冊目の単著出版、2年後に博士号取得と、30代で2冊の単著を出版して博士論文は受賞しました。今では、女性だからだめだと言われたので見返してやろうと成果を出せたのだから、そう言われたことに感謝した方がよいくらいだわ、と話しています。そうした経緯から、現在、大学では女性研究者の研究活動支援に取り組んでいます。

 さて、「女性嫌い」のことを「ミソジニー」と呼びます。ミソジニーは、第一には、男性が女性を排除する過程であり、女性を<女性らしさ>に縛りつけて、女性であることに評価を与えずに貶めますます。第二には、女性が運命づけられた<女性らしさ>を女性自身が嫌う過程です。女性は女性であるために、劣位であること、弱いものであることを受け入れることが強制づけられます。女性が現代社会の中でおかれている状況を見るにつけて「女に生まれなければよかった」と思う自分がいます。

 女性は「女性らしさ」という規範に従う場合でも侮蔑の対象とされ、従わない場合でも組織に従わない者として嫌悪の対象とされます。このために、女性は自分に価値を見出すことが困難になります。ミソジニーの構造の中に自分がすでに取り込まれているために、「女性らしさ」に従うにしても従わないにしても、その「女性らしさ」から逃れることができないのです。

 生きていくなかでさまざまな波に出会って、そうした波に抗ってばかりきました。「女に生まれてよかった」と思う一瞬の波しぶきを感じながら、「女性であること」も受け入れて主体的に生きるにはどうしたらよいのか、今後研究を続けていきたいと考えています。




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