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2014年11月1日発行メールマガジンより

更新日:2014/11/01

今回のエッセイは、千斗枝グローバル教育研究所代表の山中千枝子さんからのバトンです♪

筆者

NPO男女共同参画ポレール理事 岡崎邦子さん

「誠実に生きる女の潔さ」

 今月に入って、越知のコスモス畑へ友人5人と出かけてきました。60歳を超えた私たち(アッ一人は少し手前、一組は夫婦)各々人生いろいろありますが、コスモスに囲まれ、アイスクリンを舐め、話にも花が咲き、大満足で帰路に着きました。そうやって身近に感じる心と心があれば、全く会った事もなく、ましてや外国の人たち、それでも感じる心と心があります。
 一つは、今年の8月9日、長崎の平和式典での被爆者代表城台美弥子さん(75歳)の「平和の誓い」です。「今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国民を踏みにじった暴挙です。日本が戦争をできる国になり、日本の平和を武力で守ろうというのですか、武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか。」暴挙、この強烈な表現! 実は、用意していた文面は、「今進められている集団的自衛権の行使容認は、武力で国民の平和を作ると言っていませんか。」という事を後で知りました。城台さんは式典中、この一年間の国民を無視した政権のやり方を思い返していたそうです。次々と政党の代表がみえ、最後に入って来た安倍首相の顔を見たとたん、ムラムラと怒りがこみあげてきて、ここは被爆者として面と向かって抗議をしなくてはと腹をくくったそうです。実際は、その抗議の言葉も届かず、彼女は又そこで改めて悔しさを味わったと思います。安倍首相はその時、「69年前、一発の爆弾が十数万になんなんとする命を奪いました。・・・」と述べ、来年は、「70年前・・・」と言うのでしょう。いわゆるコピペです。だからこそ、よけいに城台さんが7人の我が孫を思い、孫世代の子どもたちを思い、「戦争には送らない」と覚悟をもって言った言葉が、私の心を打ち、多くの人たちの心に残ったのでしょう。
 もう一つはマララさんの言葉です。
 マララさんは、ブログでイスラム武装勢力の女子教育抑圧を告発します。そのため2012年10月、下校途中に頭部に銃撃を受けますが、九死に一生を得ます。2013年、国連で16歳の彼女が、「銃弾が私たちを黙らせると思うのは間違いだ。一冊の本、一本のペンが世界を変えられる」と堂々と演説をしました。そしてこの10月、児童労働根絶に取り組むサトヤルティさんとマララさんが、ノーベル平和賞を共同受賞しました。
 城台さんは残る命を、マララさんはこれからの命を懸けて主張したからこそ、私たちの心にひびいたのです。
 ちなみに、神奈川の一主婦が声をあげて広がった「九条にノーベル平和賞を」の署名活動ですが、この高知でも広がり、わずか二ヶ月の私たちの取り組みでは、14,609筆、全国では398,423筆(8月末)の署名がノルウェーの委員会へ届けられました。最有力候補まで残ったこの署名活動は、来年の受賞をめざして再び動き出そうとしています。
 ただし、「平和賞にふさわしい日本国民になるためには、どうすればいいのか!」大きな宿題が残されています。
 「平和って!人権って! 与えられるものじゃないなあ。」素直な実感です。九条を守ろうという人たちの輪をもっともっと広げること、その運動が同時に、九条を守り、一人ひとりの命を大切にする「私たちの日本」を取りもどすことになると信じています。
 「微力だけれど、無力ではない。」と城台さんは力強く語り続けています。
 私たちは、怒りと覚悟をもって声をあげ続けていく大切さを、この二人に教えてもらいました。
 城台さん、マララさん、ありがとう!




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