【リレーエッセイ】「山あいの現代美術」/2015年9月1日発行
更新日:2015/09/01
今回のエッセイは、行田法律事務所 弁護士西森やよいさんからのバトンです♪
筆者
高知新聞学芸部 松田さやかさん
「山あいの現代美術」
冬には3メートルもの雪が降り積もる越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町)。高知と同じく過疎高齢化が進む山あいの地にある、藁葺きの古民家を先日、訪れました。
住む人はおらず、昼間でも薄暗い室内。玄関を上がり、あめ色の床板をぎしぎし鳴らせて歩くと、ぎょっとさせられました。吹き抜けの天井からたくさんの真っ黒い「縫いぐるみ」が吊り下げられ、すぐ頭の上あたりの空間を漂っていたからです。
よく見るとはさみや針、包丁、鍬など一つ一つ違う生活道具の形をしていて、縫いぐるみ…というより不気味なオブジェ。実はこの家の中の空間自体が、フランスの女性美術家、アネット・メサジェが手掛けたインスタレーション作品になっているのでした。
どんな意図で作られたのか、などの説明はないのですが、宙に浮かぶ道具類は両手で抱えるほどの大きさに誇張され、威圧感さえ漂わせていました。言葉はなくても、頭の中で、この古い家で長年営まれてきたであろう暮らし―特に、家事全般や農作業、冬期の内職を担っていたはずの妻や姑、娘という立場の女性たちの―への想像が膨らみました。北国特有の豊かさと厳しさを併せ持つ自然環境の中で、例えば私ぐらいの年代の女性はどんなことに幸せを感じ、どんなことに悩みながら日々過ごしていたのだろう…。何か語り掛けてくるような気がして、しばらくじっとしていました。
この地方を訪れたのは、メサジェ作品も含め380点ものアート作品が地域全体に展示された「越後妻有アートトリエンナーレ2015」(9月13日まで)の取材のためでした。高知から新潟へ、2泊3日の出張仕事です。
私自身、家では2歳と6歳の子どもを育てています。新聞記者という仕事柄、今回のような出張がたまにあり、別職種の夫と実家の両親のスケジュールを確認して、「この日は幼稚園のお迎えをお願い」などと皆で協力し合っています。
夫も両親も、私の仕事を理解し、子どもたちのことも考えて、可能な限り手伝ってくれるのがとてもありがたい…のですが、高知の日常に戻ればやっぱり、家事や育児はまず「お母さん」の仕事。じっと芸術鑑賞している時間などなく、自分の背中にも包丁や洗濯機、掃除機に象徴される重荷がずっしりのしかかっているような感覚があります。
出張している間は、子どもたちに会えない寂しさや罪悪感も感じつつ、いろんな重荷から解き放たれます。そんな折に出合った現代美術の空間は、回り回って、私自身のことを語っているような、女性の普遍的な何かを語っているような、そんな広がりを持っていました。セミが鳴く山中で過ごした、ささやかだけどとても豊かな時間です。